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昨日の午後3時、僕が自宅のアパートで、一人椅子に座り、ビールを飲みながら読書をしていた時のことです。
「マグロ食べないか?」 たった一言のメールが届きました。 もちろん遊び心満載な僕は 「捌くのか?」 と返しておきました。 こうやって相手の返し方を楽しむのが僕の趣味。 うわー感じわるー・・・ でも大抵の場合、これは中々よろしいようです。 知り合ったばかりの人とメールのやりとりをする時 「感じ違うねぇ~(絵文字)」云々 となります。 ちょっとしたジョークと取ってくれているんでしょう、面白い返答はあまり望めません。 「ノンノン!捌き終わったとこ!研究室だよー♪」 と返ってきました。 ということはゼミのメンバーでマグロ・パーティーでもしているのか。 そう思った僕は、既に出来上がっていたのと読書を中断しなければならないのとで、あまり気は進みませんでした。 でもまぁそのあまり進まない気を変えることが出きるんだから、マグロって生きものは凄いですよね。 人間に釣られた恨みを僕で晴らしたとしか思えません。 いい迷惑だよ!喰い散らかしてやる!と食う気満々で研究室に行きました。 行ってみると騒いでいるようにはみえませんでした。 メールをくれた友人に聞いてみると、後で始めるということがわかりました。 なんだよ、始まってから呼んでくれよと身勝手なことを思いつつ別の部屋に行くと、しょうゆ漬けのマグロだとか丸ままトマトだとか、調理すらされてませんでした。 しょうがないと思ってその場で本を読みつつ待っていたら、ゼミの先輩方が入ってきました。 そして一緒になって唐揚げやカルパッチョを作りました。 普段さかなを料理することがないだけに(高いから)ちょっと楽しかったです。 そうこうしている間にぞろぞろと人が集まり飲み会が始まったんですが、僕は昼からビール漬になってたので大分酔っ払っていたんで、それを見た先輩方は 「昼から飲むなんて俺にもまだ罪悪感あるよ」 「誰だそんな不届きな輩は」 とか言って、笑って呆れていたんですが、よく考えてみてください。 平日の昼間から堂々と酒を飲むなんて学生の間しか出来ないじゃないですか。 それを楽しまないなんてそれこそ罪ですよ。 学生には昼間のビール、これ鉄則です。 ・・・ まぁこんな風にね、ダメ学生やってんですけどね、 一応研究室の飲み会での会話に付いて行けましたよ、 英語でね。 留学生来てたんです、アメリカから。 英語で学術系の話題はサッパリだ・・・
ともすると、僕は女が嫌いなのかもしれないと思う時がある。
かといって男が好きだと言う訳でもない。恋愛の対象は間違いなく女性である。(1回しかないけど 先週ぐらいか、女の方が僕の知り合いであるカップルが別れるかもしれないという状況に陥った。 僕から言わせて貰えば、両人の性格は完全に不一致なので、別れが先にあるのは当然のことである。 男の方はそれを自覚しているらしく、わりとあっさりと別れに(といってもこれまでに喧嘩が何度もあったが)話を持っていっているらしかった。 ただ問題は女の方である。 彼女も性格が合わないのはわかっているが、それでも続けていこうと努力していたのだが、その努力の方法が一方通行なものであった。 結局のところ相手には理解されず、さらにはその努力自体が男にとって苦痛を感じさせていたようだった。 別れるだ別れないだで意見が合わない時の人間、特に女はとかく不安に苛まれやすいきらいがあるように思う。 僕の方にも頻繁にメールだの電話だのが入ってくるのもその為である。 今やコミュニケーションツールとして確固たる地位を築いている携帯だが、僕がそれをとても煩わしく思っているのは過去の記事を見てもらえばわかるだろう。 とにかくそのメールや電話が鬱陶しいのである。 しかもその内容たるや「なにか不安で」とか「どうしたらいいんだろう」とかいった、話したところで詮無い事柄なのだ。 最初のうちは事情をよく聞いて「これこれこうすべきじゃないかな」とあくまで客観的にアドバイスをしていたのだけれど、それでも不安になったときに僕の携帯にアクセスする彼女を段々疎ましく思うようになってきた。 夜中2時過ぎに電話がかかってきた時はキレそうになった。「大したモンですよ」とか言ってられなかった。そして当然無視した。 僕は「不安だから構って」という女のこういったところが、しかも原因は自分にあるのにだ、嫌いなんだと思う。 不安なら解決しろ。原因はわかりきっている問題じゃないか。僕はそれに対して考えうる限りのアドバイスはしたが、つまるところ行動するのは自分だろう。それをしないで不安だなんだとは甘えに過ぎん。 僕はこう思う。そして男は大抵これを実践する。甘えを持つ男も少なからずいるが、それを外に見せるのは稀である。(少なくとも僕の周りでは それに今回は、これに「僕に甘えるのは筋違いも甚だしい」という思いも加わった。 うんざりである。 僕がいま他人の恋愛事情に関わっているほど暇じゃないのは彼女も承知しているはずなのだ。 それを押して構ってちゃんになるとは、あまりにも自己中心的すぎる。僕には彼女がただ思慮の浅い人間に思えてならない。 立場上「別れないことを祈ってるよ」と言いはしたが、内心は彼氏方に道理があると同情していた。 こういう考えでいては、僕が恋愛できるようになるのもまだまだ先のようだ。
やぁーーーーーっふぅーーーーーーッッ!!!
平仮名で書いたらなんか間抜けだなぁ。 ところでですね、僕の通っているゼミは恐らく我が大学内で一ニを争うほど厳しいところでしてね、 ゼミでの発表ともなると、もう地獄の責めに勝るとも劣らない勢いでコッテリ絞られるんですよ。 十字砲火を食らってる気分、なかなか味わえないですよ。 でも、今日僕が発表したらですね、 先生「今日はなかなか出来てるじゃないか」 もう嬉しくて嬉しくて! 内容のみならず、初っ端に笑いを取ったのもよかったのかもしれない。 っていうかよかった、うん! ただ・・・ 論文探しから下準備までに3日間しかかけてないのは秘密だ。 ま、3日間での睡眠時間は10時間だけど。
やっぱり書かなきゃ訪問者数減りますね。
しかしですね、僕は今、精神的に物凄く追い詰められてですね、 書く気力が削ぎに削がれているんです。 もう廃人寸前。 今日も今日とて止められぬフリーターへの不安を胸に学校に行ってきたぐらいです。 昨日は昨日で気が付けば遠出のドライブに出かけてたんです。 それもこれも大学院入試に手ごたえが全く感じられないからなのですが、 来る日も来る日も勉強勉強でフラストレーションは溜まる一方。 最近は勉強に手が付きません。 しかし勉強に手が付かないと落ちるのは自明の事で、 さらに勉強が手につかないという苛立ちから焦りが生じ、 その焦りと不安からまた勉強に集中できないという繰り返し。 おまけに友人の一人はダブりが決定してしまい、別の一人は休学することにし、さらに別の人は就活を挫折気味。 なんかもう僕の周りはダメ臭が漂っています。 別の地に赴いた旧友たちは大手銀行本社に内定をもらったり、アナウンサーになる夢をかなえたりと、 輝かしい将来への一歩を踏み出しているんですが、 今の僕にとっては、それがカンフルになるどころか、 「どうせ俺は・・・」 と嬉しいはずの旧友の成功なのに、内心では灰色の気持ちを抱え込み、さらに落ち込む一方。 まさに負の連鎖。 「これではいけない。不毛だ」 今朝、僕は寝起きにこう思ったんですよ。 人間は進歩していくべき生き物だ。 このままでは埒が明かない。 何か、この状況を打開できる策を。 悪魔的奇手を!! 悪魔的奇手、それは・・・ 勉強。 振り出しに戻る、と。
ちょっと真面目な話でもしましょうか。
これね。 もうね、バカかと。 アホかと。 まず対象の設定に無理があると思います。 16歳から49歳の男女936人、ここね、ここ。 16歳から49歳の既婚者の男女なら分かります。 結婚もしていないのに子供作ろうとするカップルいるわけないですよ。 出来ちゃった婚のことも考慮してるのかもしれませんが、 出来ちゃった場合、結婚して産むか堕胎するかの選択があります。 堕ろすということは望まない妊娠、もしくは産んでも育てられない状況にあるわけで、 そんな輩を含むようなサンプリングはだめでしょう。 セックスレスを問題にするなら、知るべきは、既婚者で子供を育てられることが可能なセックスレスの夫婦の割合なはずです。 それに、「人口統計学者によると、人口が減らないためには2.1の出生率が必要」と統計学を持ち出すのならば、 対象にする人数も当然、統計学的に数字を設定すべきで、 今回の936人は少なすぎます。 というか、こういう統計を取る時にはこの観点から入るべきなのに、それをしていないのは専門家として問題ありなんじゃないかと思います。 加えて、セックス=生殖という考えのみにおいて議論されてることがおかしい。 (ここ一番言いたいとこね。) 僕も生物学かじってるが故に、人間のセックスと生物の生殖は違うのだと言いたい。 余談ですが、生物やってる人の中には稀にセックスは生殖オンリーという情緒の欠落した人がいます。 人間そんな単純なもんじゃないですよ。 極めて社会的な動物ですよ。 セックスで愛を確かめることも出来れば、ひたすらに快楽を追求することも出来るんです。 断じて生殖のみの意味合いを持つものではありません。 つまり、子供を作るためだけにセックスをするというわけではないんです。 夫婦間で愛を表現するためにセックスをするけども、子供はまだいらないという家庭もあるはずです。 この場合だとセックスレスではないけれど、出生率が増えるようなことはなく、 この専門家が言うようにセックスの回数が多いか少ないか、セックスレスであるか否かで出生率に影響するとは考えにくい。 簡単に言うなら、毎日セックスしてても毎回避妊してたら出来ないよ、とこういうことです。 むしろ、子供を欲しいかという意思の方が重要だと思います。 子供を欲しいと思うには、福祉とかそういった社会的な後ろ盾もしっかりしてなきゃ思えません。 ただ無闇に欲しいと思っても、育てられる経済力もないまま産むのはある意味で罪です。 だからこそ避妊の重要性を中高で習ってるはずなのに、 そして家族計画協会もそれをわかっているはずなのに、 こういった議論になるのはあまりにもふざけて考えているとしか思えません。 社会面や経済面・精神面で色々準備が整ってこそ「さぁ産もうか」ってなるんでしょうよ。 それをすっ飛ばして「ただヤりゃいいよ」なんて言う家族計画協会のどこに計画性があるのかと問いたい。 問い詰めたい。 小一時間問い詰めたい。 # by deadoor | 2006-07-02 01:19
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